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高松高等裁判所 平成9年(う)65号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を死刑に処する。

理由

弁護人の本件控訴の趣意は、弁護人熊川照義作成の控訴趣意書に記載のとおり(なお、右控訴趣意は、量刑不当と原判示第二の事実に関する事実誤認を主張するものである旨、同弁護人において釈明したが、さらに、当審弁論において、量刑不当の主張は被告人の同意を経て撤回する旨、同弁護人において釈明した。)であり、これに対する答弁は検察官村山創史作成の答弁書に記載のとおりであり、検察官の本件控訴の趣意は、検察官遠藤太嘉男作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人熊川照義作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人の控訴趣意(原判示第二の事実に関する事実誤認の主張)について

論旨は、原判示第二の甲野太郎(以下「甲野」という。)に対する殺人の事実については、甲野の嘱託を受けて実行したものであって、嘱託殺人罪をもって処断すべきであるのにもかかわらず、右の嘱託を認定せず、殺人罪の成立を認めた点で、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決がその「事実認定の補足説明」の二項においてこれと同旨の原審弁護人の主張に対し詳細に説示するところは、当審においてもこれを正当として是認することができる。要するに、関係証拠によれば、甲野は、新しくドーナツを店頭販売することを計画してそのための準備を進めており、また、長女の花子に対しては殺害される七日後に当たる三月三〇日の同女の誕生日のプレゼントは何がよいかなどと尋ねており、およそ殺害を嘱託した者の行動とは思えない行動をとっていること、被告人は、甲野が殺害を嘱託する際、長男の二郎には死亡保険金を取得させてやりたい旨述べていたと供述するが、甲野は、右二郎やその他の家族に対し二郎を受取人としている第一生命の生命保険があることを告げていないこと、そして、甲野は、乙山こと乙野三郎(以下「乙山」という。)に対し多額の借金があり、甲野の死亡保険金は全額乙山が受領する旨の誓約書を書いていたから、甲野が殺害された場合にも、残された家族には死亡保険金が入らない可能性が高く、甲野もこれを認識していたとみられること、しかも、甲野は、丙田四郎(以下「丙田」という。)から鉄亜鈴で強打された際、「なんでこんなことをするんや。」との問いを発し、これに対し被告人は「恨むんだったら乙山を恨め。」などと応えていること、被告人は、丙田に対し甲野から殺人の嘱託があったことを告げることなく、一〇〇〇万円もの多額の報酬を条件に甲野の殺害を依頼しており、丙田は甲野の殺害は同人にかけられた死亡保険金を手に入れるためのものと認識していたこと、被告人は、甲野殺害の犯行が警察に分かった場合には、甲野から殺害を嘱託されたと主張しようとの口裏合わせを丙田との間でしていることなどが認められるのであって、これらの事実に照らすと、甲野が被告人に対し殺害を嘱託した事実のなかったことはこれを優に肯認することができる。当審における事実取調べの結果によっても、この判断は動かない。被告人の捜査段階、原審及び当審における各供述中、右認定・判断に抵触する部分は関係証拠と対比して信用することができない。

その他、所論にかんがみ検討してみても、原判決には所論の事実誤認はない。弁護人の論旨は理由がない。

なお、弁護人は、当審弁論において、原判示第一の丁谷春子(以下「春子」という。)に対する殺人の事実について、被告人は、春子を殺害したものと思って犯行現場である丁谷五郎方(以下「丁谷方」という。)を出たが、春子はこの時点ではまだ生きており、その後、何者かが現場に来てさらに春子の首を絞めて春子を殺害したものであるから、被告人の殺害行為は未遂である旨主張するので、この点について職権で調査するに、右主張が採り得ないことについては、原判決がその「事実認定の補足説明」の一項でこれと同旨の原審弁護人の主張に対し適切に説示するとおりであって、当審における事実取調べの結果によっても、この判断は動かない。右主張は採用の限りでない。

二  検察官の控訴趣意(量刑不当の主張)について

検察官の論旨は、本件各犯行の動機、計画性、態様、被告人の果たした役割、遺族の被害感情、被告人の反社会性、本件各犯行の及ぼした社会的影響その他諸般の情状に照らすと、被告人に対しては極刑をもって臨むほかないことが明白であるのに、原判決は、本来各犯行の重さないし悪性を示す事情として厳しく指摘すべき事実を殊更に、かつ、不当に軽く評価するとともに、被告人にとって有利な事情として評価し得ない事実、あるいはさほど考慮すべきでない事実を有利な情状として、恣意的に若しくは過大に評価する誤りを犯し、その結果、無期懲役にとどめたものであって、原判決の量刑は著しく軽きに失し、これを肯認することなどできないものであるから、到底破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

1  本件は、被告人が、乙山と共謀の上、被保険者を春子、受取人を乙山とする生命保険契約が存在していたので、春子を殺害し首吊り自殺に見せかけて死亡保険金を入手しようとし、昭和六〇年一一月一二日午後九時ころ、宮城県泉市(現在の仙台市泉区)内の当時の丁谷方和室六畳間において、被告人が所携の腰ひもを使用するなどして春子の頸部を締めつけ、そのころ、その場で、同女を窒息させて殺害し(原判示第一)、丙田と共謀の上、被保険者を甲野、受取人を乙山とする生命保険契約が存続しているものと思い込み、甲野を殺害すれば、乙山が受け取る死亡保険金の一部を報酬として取得できると期待し、甲野を殺害して交通事故死に見せかけようとし、平成二年三月二三日午後三時ころから同日午後一二時ころまでの間、香川県大川郡大川町内の当時の被告人方応接間において、所持していた鉄亜鈴(重量約五キログラム)で甲野の頭部を強打するなどして同人を昏倒させた上、翌二四日午前一時ころ、同人を徳島県板野郡板野町内の山林まで搬送し、さらに、同所において、右鉄亜鈴で同人の頭部を強打したり、胸部等を踏みつけるなどし、同人に頭蓋骨粉砕状輪状骨折、頭蓋底骨折、左肋骨多発性骨折、脾臓破裂、左腎臓破裂等の傷害を負わせ、そのころ、同所で、同人を右傷害に基づく外傷性ショックにより死亡させた(同第二)、という死亡保険金目的の殺人二件の事案である。

2 そして、原判決は、被告人に対する量刑について、次のように説示している。すなわち、原判決は、その「量刑事情」の「第一 犯行に至る経緯等」において、「一 被告人、共犯者及び被害者の身上関係等」「二 判示第一の犯行に至る経緯、犯行状況等」及び「三 判示第二の犯行に至る経緯、犯行状況等」について詳細に認定した上、「第二 特に考慮した事情」の「1 不利な事情」において、要旨、本件各犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性、残虐性、結果の重大性ことに被害者の数、遺族の被害感情、犯行後の情状等を考慮すると、被告人の刑事責任は極めて重大であって、本件は、検察官の求刑の如く極刑も考慮させるべき事案であるとしながらも、同「2 有利な事情」において、要旨、各被害者の側にも犯行の誘因があったことや、判示第一の春子殺害については乙山の果たした役割も大きいこと、判示第二の甲野殺害の際の被告人の行動に人間性が全く失われているともいえないこと、被告人に改悛の情が認められないとはいえないことなどを考慮すると、被告人の矯正可能性が皆無であると直ちに断定することまではできず、現在被告人が六〇歳を越えていることやさしたる前科がないこと等を考慮すれば、被告人を極刑に処することにはいささかの躊躇を覚えるのであって、被告人についてはこれを無期懲役刑に処して終生贖罪にあたらせるのが相当である、というのである。

3 ところで、死刑は、究極のしゅん厳な刑であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがないところ、死刑選択の基準については、最高裁判所昭和五八年七月八日判決(刑集三七巻六号六〇九頁)が、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択も許される旨判示するところである。そこで、この点を踏まえて、本件について具体的に検討していくこととする。

(一)  本件各犯行の動機・経緯等について、原判決がその「量刑事情」の「第一 犯行に至る経緯等」の項において説示するところは、当審においてもおおむねこれを相当として是認することができる。すなわち、被告人は、昭和五四、五年ころから、丁谷五郎・春子夫婦に対し高利で貸付を始め、最初は儲けたもののその後返済が滞って貸付残高は次第に膨らみ(その貸付残高は原判示第一の犯行時には少なくとも約一七〇〇万円に達していた。)、自分自身も多額の負債を抱えその返済に苦労していたところ(その負債額は同第一の犯行時には約一〇〇〇万円に達していた。)、同じく丁谷夫婦に対して多額の金銭を貸し付けたが返済が滞って多額の負債を抱え、春子を被保険者、乙山を受取人とする生命保険に加入していた乙山から、昭和五九年秋ころから、死亡保険金目的の春子殺害を依頼され、当初はこれに応じなかったものの、昭和六〇年春ころになって、香川県木田郡庵治町内の料理旅館「舟かくし」で、春子にかけられた第一生命の死亡保険金の半額を支払うことを条件に乙山から執拗に依頼されてこれを承諾し、乙山と共謀の上、原判示第一の犯行に及び、次に、その後も負債が増えていたところ(その負債額は同第二の犯行時には約二〇〇〇万円に達していた。)、実際には契約が失効しているのに被保険者を甲野、受取人を乙山とする富国生命の生命保険が存続しているものと思い込み、甲野を殺害すれば乙山が受領する死亡保険金の一部を乙山から取得できるのではないかと期待し、平成二年一月ころ、丙田に対し、甲野を殺害すれば乙山の受領した死亡保険金から一〇〇〇万円の報酬を支払うと乙山が言っていると嘘を言って甲野殺害計画を持ち掛け、丙田がこれを承諾し、丙田と共謀の上、同第二の犯行に及んだものであって、いずれの犯行も、被害者にかけられ、あるいは、かけられていると考えた死亡保険金の取得を目的としたものであって、こうした動機・経緯には何ら酌むべき事情が認められない。

なお、被告人の原審及び当審における各供述中には、原判示第一の犯行は、被告人が死亡保険金を得るためのものではなく、かつて被告人が金融機関から融資を受ける際に保証人になってくれた乙山への恩義から乙山を助けると思ってこれを引き受けたものであるとする部分があるものの、右の恩義なるものはこの犯行から少なくとも六年以上も前の話である上、およそ保険金殺人という極刑を含む重罰が考えられる犯罪を引き受ける動機としては余りに希薄なものであるといえることや、被告人は、この犯行後、乙山が第一生命から受けとった死亡保険金約一五〇〇万円のうち半分弱の約七〇〇万円を乙山から差し出されるまま受け取っていることなどからすると、被告人がこの犯行を乙山から引き受けた決定的な動機・目的が、乙山が受け取る死亡保険金から報酬を受け取ることにあったことは明らかである。なおまた、被告人の当審における供述中には、前記「舟かくし」において乙山から殺害を依頼された時期について、春子殺害の三年くらい前であったとする部分があるものの、右は当審においてこれまでの供述を突如変更したものである上、この当時は未だ被保険者を春子、受取人を乙山とする第一生命の保険契約が締結されておらず、乙山において春子殺害を依頼する動機がないことなどに照らし、信用することができない。

(二)  本件各犯行の計画性についてみるに、原判示第一の犯行については、被告人は、乙山や丙田と相談の上、その殺害方法として春子を絞殺し、同女が首吊り自殺をしたかのように見せかけることを決め、事前に丁谷方の様子等を下見して春子の遺体を吊り下げる場所まで想定し、犯行を実行するため丁谷方を訪れる際には、丙田が仲間から抜けていたため、首吊り自殺に見せかける偽装工作を手伝わせるため自己の妻夏子を仲間に引き込み、首を絞めたり死体を吊り下げるための腰ひもやこれを掛けるための栓抜きを用意した上で丁谷方を訪れて春子を計画通りに殺害したものであり、しかも右の偽装工作は成功し、春子の死亡は自殺として処理されており、同第二の犯行については、被告人は、丙田を仲間に引き入れた上、既に失効している朝日生命の生命保険の復活手続を行うためと称して甲野を被告人宅に呼び出し、事前に用意していた鉄亜鈴で甲野を殴りつけて殺害し、殺害後は大坂峠の崖から死体を自動車ごと転落させて交通事故死に偽装する計画を立て、丙田には死体運搬用の毛布やシートをあらかじめ準備させた上で甲野を殺害したものであり、自動車の脱輪という予期せぬ出来事のため交通事故死に見せかけるという偽装工作こそそのとおりにならなかったものの、殺害に至る経緯、殺害状況、遺体の処理等その計画の大部分は被告人の立案どおりに実行されたものであって、本件各犯行は、いずれも周到に準備された極めて計画的な犯行であり、また、確定的殺意に基づく犯行である。

なお、被告人の原審及び当審における各供述中には、原判示第一の犯行について、被告人は、春子から三〇万円ないし五〇万円を貸して欲しい旨電話で頼まれたため、この金で買い入れた額縁に丁谷五郎の描く絵を入れて売却するなどして被告人に対する借金を返済してくれるのではないかと思い、この金を用意して丁谷方に赴いたところ、予期に反して同女からこの金はゲーム賭博機を置いた喫茶店を始めるためのものであるなどと言われたことから、これに立腹してこの犯行を行ったとする部分があるものの、被告人に同行した妻夏子の捜査段階及び原審における各供述中にはこれに沿うものがなく、却って夏子は春子を殺害するために丁谷宅に赴いたものである旨供述している上、仮に春子から融資を頼まれたことがあったとしても、被告人は、すでに乙山らと春子殺害の謀議を遂げており、また、実行には至らなかったものの右謀議に基づき丙田と共に実際に春子を殺害するため丁谷方に行ったこともあること、夏子に命じて首吊り自殺に仮装するための腰ひも等を準備させた上で丁谷方に赴いていることなどに照らすと、被告人が、春子に対し発作的に殺意が生じて殺害行為に及んだものとは到底認められず、この犯行は、かねてからの計画どおりに行われたものといえる。

(三)  本件各犯行の態様についてみるに、原判示第一の犯行については、被告人が、丁谷方において、同女と座卓を挾んで会談中に、立ち上がって同人の背後に回り、いきなり用意してきた腰ひもでその首を執拗に絞めつけるなどして抵抗すらできないまま同女を殺害したものであって、卑劣で冷酷な犯行であり、同第二の犯行については、被告人宅において、丙田が鉄亜鈴でいきなり甲野の背後からその右側頭部を一撃し、被告人らは、右の一撃により身体の自由を失って苦しむ甲野をそのまま床に横たえたまま死亡するのをひたすら待ち、右の一撃を加えた後約八時間半ないし九時間経過しても、甲野が死亡するに至らないため、被告人が、右鉄亜鈴を振り上げて甲野の頭部めがけて振り下ろし、また、交通事故で死亡したようにみせかけるため甲野の足の骨を折っておくことが効果的と考え二、三回強く足を踏みつけ、遂に殺害の目的を遂げたと思い、計画どおり丙田の自動車のトランクに甲野を乗せて、被告人が同車を、丙田が甲野の自動車を運転して大坂峠に向かったが、その間、被告人は、死んだと思っていた甲野がうめき声をあげているのを聞き、未だ同人が死亡していないことを知ったことから、大坂峠の脇道に入って自動車を止め、このまま甲野を自動車ごと落下させた場合、万一甲野が助かれば被告人らの犯行が発覚するので、この際完全に同人を殺害しておこうと考え、又もや右鉄亜鈴でトランク内で横たわっていた甲野の頭部を殴りつけ、丙田にも同様にその頭部を殴打させ、右トランクから甲野を出して、被告人において念押しに土足でその胸部を二、三回強く踏みつけて、同人を殺害したものであって、この殺害の手段方法はまことに執拗で、かつ、残虐であるとしか評しようのないものであって、本件各犯行の態様は実に悪質というほかない。

(四)  本件各犯行はいずれも共犯者と共謀の上犯したものであるところ、被告人が本件各犯行において果たした役割等についてみるに、原判示第一の犯行については、乙山がこの犯行を発案してその実行を被告人に依頼したものであってその発端こそ乙山にあったものの、その後の推移をみると、被告人は、丙田を仲間に引き入れて、乙山らと春子の殺害方法等について相談し、被告人において繰り返し丁谷方に下見に行くなどしているのみならず、何よりも殺害の実行行為に及んだのが被告人であることからすると、被告人は乙山以上に主体的かつ積極的に行動したものであって、その果たした役割が不可欠で重要なものであったことは明らかであり、さらに、同第二の犯行については、被告人が、計画立案し、丙田を仲間に入れた上、終始自らが中心となって犯行を完遂させたものであり、その全過程において被告人が首謀者としての立場にあったことも明白である。

(五)  本件各犯行の結果やその遺族の被害感情等についてみるに、本件は、二人の貴い人命が失われたものであって、その結果はいうまでもなく極めて重大である。そして、被害者らは、何ら落ち度がないにもかかわらず、それぞれ当時四九歳と四八歳で突如、被告人の凶行によって人生を絶ち切られ、更に被告人らの偽装工作により春子は自殺として処理され、甲野は山中に投棄されたまま放置されてその遺体は腐敗し、発見されたときには遺族の確認に供することもできない状態になっていたものであって、同人らの無念さは察するに余りあるものといえる。遺族の被害感情等も、春子の夫五郎は、春子と二人暮らしであって、当時老人性痴呆の症状が出ていたことから、春子を頼りにしていたものであるのにその晩年を孤独な一人暮らしを余儀なくされた上、春子が自殺したものとされたままこの犯行の約二年後に死亡したものであって、真実を知っていたのであれば被告人に対し厳しい処罰を望んだであろうことは優に推認することができ、甲野秋子(同女は甲野の借金等のため戸籍上は離婚しているものの実質的には甲野の妻である。)や戌田花子ら甲野の遺族は、被告人によって愛する夫であり父である甲野を失ったもので、その悲しみは大きく、とりわけ、右花子は自分をかわいがってくれた父を殺害された悲しみの心情を原・当審において繰り返し吐露して被告人を極刑に処することを求めているものである。加えて、甲野の遺族は、同人を被保険者とする生命保険契約が存在していたために、警察から再三にわたって事情聴取を受け、次男は勤務先を辞めざるを得なかったものであり、同人らはその悲しみに追い打ちをかける経済的・精神的苦痛をも被ったものである。

(六)  本件各犯行後の情状等についてみるに、原判示第一の事実については、被告人は、春子殺害後、前記のとおり春子が首吊り自殺に見せかける偽装工作をした上、犯行の翌月である昭和六〇年一二月二〇日には飲食店「金鍋」において、乙山が取得した死亡保険金から約七〇〇万円もの多額の報酬を受け取り、同第二の犯行についても、被告人は甲野を殺害後、前記のとおりその遺体を山中に投棄してこれを放置した上、後日、乙山に対し、甲野を殺害したことの報酬を求めているのであって、本件各犯行後に被告人がこれを悔悟するなどした事情は見出せない。本件各犯行後の情状も悪質というほかない。なお、同第一の犯行は、その偽装工作が成功して、犯行後、約九年間にわたって発覚することはなく、同第二の犯行についても、犯行後、約四年八か月もの間犯人が検挙されることはなかったものである。

(七)  本件は、被告人が、機会を異にして、一度ならず二度までも死亡保険金目的で殺人を犯したという、まれにみる凶悪事件として、報道機関等によって大きく取り上げられたもので、近隣住民に与えた恐怖感や社会一般に与えた衝撃にも大きいものがあり、こうした社会的影響も無視しえない。

(八)  被告人の犯罪性向や反省状況等についてみるに、まず、被告人の前科は昭和四二年七月に業務上過失傷害罪により罰金二万円に、昭和六一年一二月に貸金業の規制等に関する法律違反により罰金二〇万円に処せられた罰金前科二犯があるのみであって、これまで殺人や傷害など他人の生命・身体を標的として行った事件はないものの、原判示第二の犯行は、同第一の犯行が成功し多額の現金を手に入れることができた被告人が、今一度同様の方法で死亡保険金を入手しようとしたものであって、死亡保険金目的での殺人というそれ自体冷血で非道な犯行を行いながら、その後、良心の呵責を覚えたり、凶悪犯罪に対する自制心を起こすことなく、こうした犯行を再度行うこと自体、被告人の危険で進んだ犯罪性向を示すものといえる。次に、その反省状況についてみるに、同第一の犯行については、当初はこれを認めていたものの、原審第五回公判に至って、被告人の実行行為後に、第三者が未だ死亡しなかった春子を殺害した旨の主張を始めて、当審においても同旨の供述を繰り返し、同第二の犯行についても、終始、甲野から頼まれたから同人を殺害したものであるとの主張をしているのであって、関係証拠に照らしておよそ取りえない自己弁護を繰り返している上、被告人は、原審において、春子の夫五郎について、五郎は、春子のことについて、「下司な嫁をもらった」などと悔やんでおり、同人が死んだことを喜んでいるのではないかと思うなどと供述し、また、甲野の遺族について、甲野が同人自身を殺してくれるように依頼した原因は、内妻甲野秋子が家庭外で別の男性と交際していること及び長女戌田花子が甲野に対し冷淡な態度を取ったことにあり、右依頼に応じた結果刑事責任を問われる立場にある被告人としては、同人らに対して恨みを持っているとまで供述してその非を遺族に転嫁しているのであって、いずれの犯行においても、被告人に遺族への真摯な謝罪の態度は見ることができない。加えて、被告人は、当審において、甲野には感謝してもらって当然であるなどと耳を疑うばかりの供述をしているものである。

以上の諸点を総合すると、被告人の罪責は誠に重大であって、特に酌量すべき事情がない限り、本件は死刑をもって臨むほかない事案であるといわざるを得ない。原判決も、右に挙げたのとほぼ同様の諸点を指摘した上で、本件は、検察官の求刑の如く極刑も考慮されるべき事案であると述べているところである。

4 しかしながら、原判決は、被告人に有利な事情として、以下の諸点を指摘する。煩を厭わずこれを再度掲記するに、①判示第一の犯行について、本件証拠上、被告人は、春子殺害を乙山から繰り返し依頼されたため引き受けたもので、当初は春子殺害を断固として実行する意思に乏しく、何度も仙台まで行くが実行できなかったと報告することを重ねるうちに、乙山から厳しく殺害を催促されて実行せざるを得ない状況に追い込まれたものと認める他なく、そうすると被告人は確かに実行行為者であるが、犯行の首謀者は乙山であるということもできる。しかも乙山は、被告人に保険金の半額を報酬として与えると約束して春子殺害を依頼しておきながら、乙山を受取人、春子を被保険者として有効に存在していた二種類の保険の一つである簡易保険のことは被告人に隠していて、その保険金七五〇万円を独占している。②乙山が判示第一の春子殺害によって保険金を受領した生命保険は、被害者である春子の側からさらに金を借りるための手段として積極的に加入を申し出たもので、当初から保険金を取得する目的で乙山が勧めて加入させたものではなく、判示第二の甲野殺害によって乙山が保険金を受領した生命保険も、甲野が結婚祝いの代わりとして加入を申し出たもので、保険料もいずれも乙山が負担していた。このように判示各犯行は、いずれも既存の生命保険契約を利用しようとしたもので、当初から殺害する目的で新たに生命保険契約を締結した事件とは事案を異にするだけでなく、被害者の側から積極的に保険に加入すると申し出た面があり、これが本件各犯行の遠因となっている。③五郎夫婦は、見栄っ張りで昭和四八年に予算額を大きく超過した豪邸を建て、月二〇〇万円の生活費でも不足するほど奢侈に耽った結果、多数の高利貸し等に巨額の負債を抱えてその返済が不可能となり、昭和五五年には自宅が競売されその後も昭和五九年まで住み続けたが、ついに借金の取立てを逃れるため仙台方面に夜逃げした。しかし五郎夫婦は、仙台でも相変わらず同様の常識はずれの贅沢な生活を続け浪費を重ねたため、仙台転居後絵の売却代金で合計数千万円の収入があったにもかかわらず、被告人や乙山からの借入金の返済見通しを立てることができず、このことも被告人らに判示第一の犯行を決行させる原因となった。甲野も、乙山が全財産を失うまで援助したにも関わらず、同人に対するものを含め二億円もの到底返済不能な借金を抱え、昭和五八年には乙山を含めた債権者の要求により生命保険金で借金を返済しようとし自殺を企てて交通事故を起こしているうえ、昭和六〇年には生命保険金の受領を乙山に委ねるという内容の誓約書を書くなどしている。このような点に鑑みれば、本件各犯行は、いずれも被害者の側にも犯行を誘発した側面があるといわざるを得ない。④判示第二の犯行態様が最初の一撃から甲野の死亡まで長時間にわたり同人を苦しめる結果になった理由は、第一撃の後被告人らが互いに甲野にとどめを刺すのをいやがりひたすら同人が死ぬのを持って傍観していたためであり、大坂峠で最終的にとどめを刺す際にも被告人らにはためらいが認められ、被告人が当初の計画通り冷然とこれを実行したということはできない。被告人は、意図的に長時間甲野を苦しめたものではなく、被告人方応接間で第一撃を加えた後でも、甲野が寒いと訴えれば布団を掛けてやり電気あんかを入れてやるなど、死に瀕した被害者の苦しみを和らげようとする姿勢を有しており、被告人自身も長時間甲野を苦しめる結果となったことに対しては、良心の呵責を覚えており謝罪の意思を表明している。⑤判示第二の甲野殺害の結果、乙山は、訴訟上の和解により二郎が受領した一九五〇万円の生命保険金のうちから一〇八六万円を取得し、保険の存在すら知らず保険料をほとんど負担していなかった甲野の遺族も五六四万円を取得して二郎自身や父甲野の借金の支払等にあてているのに対し、被告人は全く金銭を取得していない。⑥被告人の前科は、出資法違反等による罰金前科二犯があるのみで、昭和五五年ころまでは正業を営んでいた。被告人は、春子殺害については公判途中で未遂の主張をしたものの自己の行為は認めて謝罪の意思を示している、というのである。

そこで、次に、これらの諸点について、順次検討していくこととする。

①のうち、被告人は、乙山から厳しく殺害を催促されて実行せざるを得ない状況に追い込まれたもので、犯行の首謀者は乙山であるということもできるとする点については、前記のとおりこの犯行は乙山から依頼されたものとはいえ共謀成立後は被告人は主体的かつ積極的に本件犯行に関与しているのであって、被告人がこの犯行から離脱することが困難であったとする事情も格別認められないから、この説示は妥当とはいえず、また、乙山が、乙山を受取人、春子を被保険者とする保険が二種類あるのにこのうち一つを被告人に隠していたとの点は、こうした事実は認められるものの、被告人は、もともと第一生命の死亡保険金の半分を報酬として手に入れようとしてこの犯行を実行し、現実にこの死亡保険金のほぼ半分の報酬を得て所期の目的を達しているのであり、これとは別に乙山が被告人の知らない保険金を入手したことは、乙山にとって不利な事情になりえても、被告人にとって特段有利な事情となるものではないから、この説示も妥当とはいえない。

②の原判示各犯行は、いずれも既存の生命保険を利用しようとしたもので、また、被害者の側から積極的に保険に加入すると申し出た面があり、これが本件各犯行の遠因となっているとの点についても、既存の生命保険を利用するか、当初から殺害する目的で新たに第三者を被保険者とする生命保険契約を締結するかが犯情においてさほどの差異を生じさせるものとは考えられず、また、被害者自身が将来死亡した場合の保険金を債務返済に充てることを念頭におきつつ保険契約の締結を申し出たとしても保険金目当てに殺害されることまでも容認しているわけでないことはいうまでもないのであって、生命保険に加入すること自体は格別問題ある行為ではないといえるから、これをもって犯行の遠因とまでするのはやはり妥当でない。

③の丁谷五郎・春子夫婦が被告人や乙山からの借入金の返済見通しを立てることができなかったことや、甲野も乙山に対するものを含め到底返済不能な借金を抱えるなど、本件各犯行は、いずれも被害者の側にも犯行を誘発した側面があるとする点については、丁谷夫婦が被告人からの借入金を返済できなかったことはそのとおりであるものの、これが殺人を正当化する理由にならないことはいうまでもない上、被告人の丁谷夫婦への貸金は、友人関係等をもとに好意的に貸し付けたものではなく、無届けで違法な高利をむさぼるいわゆる高利貸しとして、丁谷夫婦が経済観念に疎いことにつけ込み、ときには月一割という暴利でもって自己の利益を図るために貸付を続けたものであって、これが焦げ付いたとしても、それは営利目的で違法な営業を行った挙げ句自ら招いた結果ともいうべきで、この点をも春子殺害の一因であるとして被告人の利益にも評価することは一面的に過ぎて適当とはいえず、また、乙山から甲野への貸金に関する説示については、被告人は乙山と無関係に甲野殺害を計画し、自らは犯行当時甲野との間で貸借関係はなかったのであるから明らかに不当である。なお、③の説示中、丁谷夫婦は、仙台でも相変わらず常識はずれの贅沢な生活を続け浪費を重ねたり、仙台転居後絵の売却代金で合計数千万円の収入があったとする点についてはこれを認める証拠はない。

④についても、原判示第二の殺害の手段方法は執拗で残虐なものであることは前記したとおりである。被告人と丙田との間で手を下すことを押しつけあったことは認められるが、同人らが甲野を殺害すること自体にためらいを感じたなどという証拠はこれを認めることができない。次に、たしかに被告人らにおいて、甲野が寒いと訴えれば布団を掛けてやり電気あんかを入れたことは認められるものの、甲野は最初の一撃から最終的には死亡するまで実に約一〇時間にわたり死に瀕した苦しみ・痛みを味わい続けたものであって、その凄惨な状況を思えば、右の点が何ほどの意味も持たないことは明らかであって、被告人らに多少なりとも人間としての情があるならば甲野を病院に連れていくべきであり、また、そうすれば甲野が最初の一撃から長時間にわたって生存していたことからして、同人が一命をつなぎとめる可能性も高かったものと考えられる。④の説示は到底人を納得させるものではない。

⑤についても、甲野殺害の結果甲野の遺族と乙山が保険金を分け合うこととなった事実はあるものの、右保険金は甲野の長男を受取人として乙山が保険料を負担していた保険契約に由来するもので、全く被告人の念頭になかったものであるから、乙山と無関係に被告人が敢行した甲野殺害の結果である右事実は、およそ被告人の利害とは関係のない事情であり、また、被告人が金銭を取得していないことも、およそ人を殺害して金銭を取得することが許されないのは当然のことに過ぎず、被告人に有利な事情とみるべきものではない。⑤の説示も不当である。

⑥については、たしかに被告人の前科が罰金前科二犯のみであることや、昭和五五年ころまでは正業を営んでいたことは被告人に有利な事情であって、この説示自体に不当な点はないものの、被告人の犯罪性向が前記3(八)で示したとおりであることからすると、これを過大に評価することは適当とはいえない。また、被告人の反省の態度についても前記3(八)で示したとおりである。

以上によれば、原判決が被告人に有利な事情として説示するところについては、いずれも妥当といえないか、あるいはさほど酌むに値しないものといわざるを得ないのであって、被告人につき死刑をもって臨むことを回避すべき事由として十分な理由があるものと認めることはできない。そして、記録を精査しても、他に特に酌量すべき事情は見出せない。そうすると、検察官の論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない(なお、当裁判所も、被告人にとって有利な事情を見出すべく、当審において、職権をもって、被告人の長男乙川六郎及び長女丙川冬子の各証人調べを実施し、同人らより、被告人が生きて罪を償えるようにして欲しい旨の証言を得たものであるが、これまで検討してきた本件の諸事情に照らすと、これをもって右の判断を左右するものとはなしえない。)。

三  自判

そこで、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において、更に次のとおり判決する。

原判決の認定した「犯罪事実」に法令を適用すると、被告人の原判示の各所為はいずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、一九九条に該当するところ、各所定刑中、原判示第一の罪につき無期懲役刑を、同第二の罪につき死刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条一項本文により同第二の罪について選択した死刑のほかは他の刑を科さず、被告人を死刑に処し、原審及び当審における訴訟費用について刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・島敏男、裁判官・浦島高広、裁判官・齋藤正人)

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